EXHIBITION
展示内容
タイトル「エキシビション メーカー」は、1990年、ワタリウム美術館の初めての美術展をキュレートしてくれたハラルド・ゼーマンが、当時はキュレーターという言葉は世界でも使われておらず、「展覧会を作る人」というこの言葉を使っていた、というエピソードとも関わっています。
本展は美術家、梅津庸一に構成をお願いしました。ワタリウム美術館設立以前に和多利志津子(前館長)の交流によって集められた作品群(これらのほとんどはワタリウム美術館では未公開)を軸に、現在活躍中の作家たちを加えるという展示構成がとられ、さらに展示方法にも工夫を凝らしています。
これら44名のアーティストの作品が、本展にて新たな輝きを放つことを願っております。
展覧会をつくる
日々、おびただしい数の展覧会が開催され続けている。即時性と話題性が常に求められ、みな自らの「独自性」を主張し差異化を図ることに必死だ。しかし、残念ながらその多くの営みは既存のインフラの上で平準化されたコンテンツとして消費され忘れ去られていく。そんなサイクルが固定化しつつある。無論、美術家である僕もその渦中でもがき続けてきた。
身もふたもない話で恐縮だが、この悪循環から脱するためには「作品をつくる」あるいは「展覧会をつくる」とは何か?そんな素朴で単純すぎるかもしれない問いから再出発するほかないのではないか。
本展はワタリウム美術館の前身であるギャルリー・ワタリ時代の「知られざるコレクション」を軸とした展覧会だ。ワタリウム美術館にはいつも制度化される以前のアートの気配が漂っている。それは「未然のアート」と言い換えることもできるだろう。
ところで、展覧会を企画することを「キュレーション」と呼ぶようになって久しい。けれども、昨今の「キュレーション」の流行により展覧会づくりの方法や落とし所はあらかじめ規定・拘束されるようになった。
そこで、本展ではアーティストキュレーターとして振る舞うのではなく「エキシビションメーカー」の精神に立ち返りたいと思う。いま一度、美術のいち観客でもある自分が見たいと思える展覧会と出会い直したい。
作品同士が、そしてなによりも「あなた」とこの展覧会が良い出会いとなれば嬉しい。
梅津庸一
WORKS
作品
PROFILE
プロフィール
- 梅津庸一
1982年山形県生まれ。美術家・パープルーム主宰。主な個展に「未遂の花粉」(愛知県美術館、2017年)、「梅津庸一展|ポリネーター」(ワタリウム美術館、2021-22年)、「梅津庸一 クリスタルパレス」(国立国際美術館、2024年)など。主なグループ展に「恋せよ乙女! パープルーム大学と梅津庸一の構想画」(ワタリウム美術館、2017年)、ここは未来のアーティストたちが眠る部屋となりえてきたか?——国立西洋美術館65年目の自問|現代美術家たちへの問いかけ(国立西洋美術館、2024年)など。主な展覧会企画に「フル・フロンタル 裸のサーキュレイター」(三越コンテンポラリーギャラリー、2020年)など。作品集に『ラムからマトン』(アートダイバー、2015年)、『梅津庸一|ポリネーター』(美術出版社、2023年)。『美術手帖』 2020年12月号の特集「絵画の見かた」を監修。
Artists from our Collection
所蔵作家
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金子光晴 + 中林忠良
金子光晴 KANEKO Mitsuharu 1895-1975 日本
詩人。1923年、27歳で発表した詩集『こがね蟲』において、青く傲慢な青年像を輝かしく謳い上げ、注目を集める。その後時代の抑圧的空気から、無一文に近い状態で、約10年にわたり夫婦でアジアからヨーロッパまでを放浪。国家や大衆の流れを冷徹に分析し、一貫して反権力、反戦の詩を多く残した。
詩:金子光晴 蝕刻画:中林忠良 詩画集『大腐爛頌』 1975 -
金子光晴 + 中林忠良
中林忠良 NAKABAYASHI Tadayoshi 1937- 日本
東京藝術大学在学中、駒井哲郎との出会いをきっかけに銅版画の道へと進む。詩人・金子光晴の言葉「すべて腐らないものはない」に深い感銘を受けて自らの作品哲学とし、制作において銅版の腐蝕のプロセスをつねに重視。白と黒、光と陰、生命と死といった二律背反の拮抗と調和を、銅版画を通して描いた。
詩:金子光晴 蝕刻画:中林忠良 詩画集『大腐爛頌』 1975 -
猪熊弦一郎
INOKUMA Genichiro 1902-1993 日本
1938年にフランスに渡り、アンリ・マティスに学ぶ。1955年より約20年間ニューヨークで活動し、作風は具象から抽象へと大きく変化した。絵画表現の追求の一方、芸術はすべての人に開かれているべきだとして、JR上野駅の壁画といったパブリックアート、三越の包装紙デザインなど多彩な活動を展開した。
公園 1968-70頃 シルクスクリーン -
瀧口修造
TAKIGUCHI Shuzo 1903-1979 日本
美術評論家、詩人。日本のシュルレアリスムの理論的支柱として、国内外のアーティストと親交を深めた。1958年にヴェネチア・ビエンナーレの日本代表および審査員を務め、以降造形的な実験を本格化。デカルコマニーの制作など、活動は多岐にわたる。
デカルコマニー No.27 1971 デカルコマニー、水彩絵具 -
ハンス・エルニー
Hans ERNI 1909-2015 スイス
ピカソらキュビズムの影響を受け抽象絵画を描きはじめ、具象と抽象が入り混じる有機的な線描を駆使した独自の画風を作り出した。赤十字や国際オリンピック委員会のためのポスターや、スイス万博のために制作された壁画「スイス、万民の休暇地」(1939)でも知られる。
アーティストと犬を抱えたモデル 1969 エッチング -
堀内正和
HORIUCHI Masakazu 1911-2001 日本
日本の抽象彫刻のパイオニアとして知られる。幼少期から抽象的な彫刻作品に興味をもち、身の回りにある形や触覚的な感覚を意識的に取り入れ、知的でありながらユーモアをただよわせる抽象形態を追求した。サンパウロ・ビエンナーレなどを通して海外にも広く紹介された。
ヘソエネルギー 年代不詳 紙にシルクスクリーン、鉛筆 -
古沢岩美
FURUSAWA Iwami 1912-2000 日本
シュルレアリスム、前衛芸術の草分けとして「日本のダリ」と称された。中国戦線にて従軍後、捕虜生活を経て復員。1947年に「日本アヴァンギャルド美術家クラブ」を結成。古事記に取材した神話シリーズや裸婦を描く一方、戦争の残虐さや不条理をも描き続けた。
B.ヘルマフロジット 版画集『デモンの巣ーパリ幻想』より 1963 エッチング -
桂ゆき
KATSURA Yuki 1913-1991 日本
戦前戦後を結ぶ、女性芸術家のパイオニア的存在。コルクや布などを用いた先端的なコラージュ表現を始め、戦前から瀧口修造や藤田嗣治らに注目される。戦後には、社会風刺とユーモアを含む、独自の寓意表現を展開。1956年から6年間ヨーロッパやアメリカで生活し、単独でアフリカにも訪れた。
海辺の前で 1974頃 紙に水彩とインク -
篠田桃紅
SHINODA Toko 1913-2021 日本
ほぼ独学で書を学び、1956年に渡米。抽象絵画が全盛のニューヨークにて、文字にとらわれない新しい墨の造形を試みる。「墨象(墨の抽象画)」と呼ばれる独自の作風で世界的な評価を得る。100歳を超えても墨による抽象作品を描き続けた。
ARRIVED WIND 'C 1975 リトグラフに手彩色 -
駒井哲郎
KOMAI Tetsuro 1920-1976 日本
銅版画のパイオニアとして知られる。生涯にわたりエッチングを制作し、自己の内面、幻想、夢などを表現し続けた。1951年の第一回サンパウロ・ビエンナーレにて国際的な評価を獲得。瀧口修造を顧問格とする総合芸術グループ「実験工房」にも参加し、文学者との交流も多い。 -
吉田穂高
YOSHIDA Hodaka 1926-1995 日本
1955年に中南米を旅行し、マヤ文明の遺跡に感銘を受け、原始美術から着想を得た抽象版画を制作。1964年に渡米し、ポップアートに触発され、写真製版を取り入れた現代的な作風へと変化。木版画、シルクスクリーン、写真製版など多様な技法を併用した先駆的な作品で国際的に活躍した。
パコたちの朝 1968 -
丹阿弥丹波子
TAN-AMI Niwako 1927- 日本
1960年頃から50年以上にわたり、メゾチントによる銅版画を制作。身近にあるものをモチーフとした作品を数多く発表。「常に心を平静に保とうとするも、自ずと感情の揺らぎが刻みこまれてしまう」と語るように、季節の表情や自身におこる出来事など、日々の瞬間を日記のように版画に綴ってきた。
花¹ 1973 メゾチント -
パウル・ヴンダーリッヒ
Paul WUNDERLICH 1927-2010 ドイツ
第二次世界大戦からの復員後、美術を学ぶ。シュルレアリスムの影響を受け、性的なイメージや神話からの影響、幻想的で浮遊する形態を特徴とした絵画や彫刻を制作。マジック・リアリズムのサークルの最も重要なメンバーとして名声を確立。1964年「ドクメンタ3」に参加するなど国際的に活躍。
足のある魚 1973 ブロンズ -
オットー・ピーネ
Otto PIENE 1928-2014 アメリカ
16歳で高射砲手として徴兵され、サーチライトや砲撃の線に関心をもつ。1957年「グループ・ゼロ」を結成。機関誌の刊行や、一日限りの「夜の展覧会」を連続開催し、アーティスト間の国際的なネットワークを形成。光と動きを使った作品を制作した、メディア・アートのパイオニアのひとり。
小さな顔料ーファイア・グワッシュ 1962 紙にペイント、顔料、ファイア・グワッシュ -
ホルスト・ヤンセン
Horst JANSSEN 1929-1995 ドイツ
ハンブルク美術学校にて、一年先輩のパウル・ヴンダーリッヒから版画を学ぶ。国際的な流行から距離を保ち、ドイツ的なロマン主義の流れを汲む作品を制作。暗い画面にデフォルメされた自画像、人体、静物、景色を緻密に描く。浮世絵画家にも強い影響を受け、葛飾北斎にならい自らを「画狂人」と称した。
自画像ーフロッグランドへ 版画集『フロッグランド』より 1972 エッチング -
靉嘔
Ay-O 1931- 日本
1958年NYに渡り、フルクサスに参加。触覚に訴える作品や、周囲の環境を取り込んだ「エンヴァイラメント」などの先駆的な表現を展開。様々なモチーフを虹色のスペクトルで覆う作品に発展した。絵画、版画、立体、インスタレーションなど様々な形式を用いる。
虹 1979 シルクスクリーン -
R.B.キタイ
R.B.KITAJ 1932-2007 アメリカ
NY、ウィーンで美術を学んだ後に渡英。1960年代にイギリスのポップアートの旗手として注目された。一貫して、具象であり、かつ絵画的であるとはなにかを問い続ける作品を発表。ヴァルター・ベンヤミンなどユダヤ系の作家や歴史的な物語から影響を受けた作品も多い。
ロンドン郊外(2) 1971 シルクスクリーン -
佐野ぬい
SANO Nui 1932-2023 日本
1950年代から青色を基調とする作品を多く発表し、「佐野ブルー」「青の画家」と称される。基調となる青色に、ニュアンスに富んだ筆線、赤、白、黄、黒などの他の色が加わり、画面に動きやリズムを生んでいる。
青い風 1973 キャンバスにアクリル絵具 -
宇野亞喜良
UNO Aquirax 1934- 日本
日本を代表するイラストレーター、グラフィックデザイナー。1950年代、日本デザインセンターに所属し企業広告を手掛ける。1960年代の独立後、寺山修司の「天井桟敷」のポスターや絵本・児童書の挿絵、アニメーション映画、絵画、舞台美術などで幅広く活躍。華麗かつ耽美な作風で広く知られている。
寺山修司+宇野亞喜良『絵本・千一夜物語』表紙カット 1969頃 紙にインクとコラージュ -
中西夏之
NAKANISHI Natsuyuki 1935-2016 日本
1963年、高松次郎・赤瀬川原平らと「ハイレッド・センター」を結成。舞踏家の土方巽や、瀧口修造などシュルレアリスム系の作家らと交友をもち、舞台美術などを手がける。1964年頃から絵画の活動に戻り、絵画という概念自体について思索を深めながら、空間への緊張を表現してきた。
「arcー弓形が触れて」のための習作 1979 紙に鉛筆 -
ロルフ・エッシャー
Rolf ESCHER 1936- ドイツ
美術と言語学を学んだ後、主に版画の分野で活動。誰もいない部屋や閑散とした図書館を冷静で巧みな描写で提示し、過去の空間における出来事を物語る。服や椅子といった小道具が、時間の経過による孤独感を生む一方、人間と入れ替わった昆虫や骸骨がユーモラスに登場する。
かに 1972 エッチング -
山野辺義雄
YAMANOBE Yoshio 1936-2016 日本
大学で絵画を学ぶが、モデルを視て描くのではなく「視ないで創る」ことを目指し大学院で版画を学び、駒井哲郎の指導のもと銅版画の魅力にとりつかれる。アクアチントの柔らかい明暗技巧に高い評価を得る。版画集『髭男と小人ノ国』で、1974年イビサ国際版画ビエンナーレのグランプリ受賞。
A picture in the landscape -WORK NO3- 1979 エッチング -
アリギエロ・ボエッティ
Alighiero BOETTI 1940-1994 イタリア
1960年代にイタリアで始まった前衛運動「アルテ・ポーヴェラ」に参加し、工業素材や自然の木材などを使って制作。ボールペンを使った絵画や、アーティストではない友人や知人と共に制作した作品など、質素な素材や技法を用いて芸術から威厳を取り除くような作品で知られる。
ヒコーキ 1981 キャンバスに紙、3枚の印刷用紙、ボールペン -
櫃田伸也
HITSUDA Nobuya 1941- 日本
幼少期を多摩川土手の斜面や広場で過ごし、高度成長期に伴って変化する東京の景色を眺め続けた。身近な事物や懐かしい風景を、断片化して再結合し、具象と抽象のあわいに位置する新たなイメージとして描く。教育者としても高い評価を得ており、教え子に奈良美智や杉戸洋などがいる。
風化 1975 キャンバスに油彩 -
井田照一
IDA Shoichi 1941-2006 日本
1969〜70年、パリ、NYに滞在。コンセプチュアル・アートに触れ、ジョン・ケージとも交友を持つ。版画の限界を自己検証する実験的な制作を展開。版画は版と紙との関わり合いであり、諸物の存在は他者との接触や出会いによって生ずる表面(Surface)だと捉え、「Surface is the Between」と表現した。
Paper Between Inked Stain and Brushed Stain 1980 リトグラフ、シルクスクリーン -
アカイ・フジオ
AKAI Fujio 1945- 日本
インドネシアのスマトラに生まれ、日本で育つ。1964年よりドイツのデュッセルドルフ芸術大学でヨーゼフ・ボイスに学ぶ。鮮やかな色彩と形態の中に優美さを感じさせるドローイングによって、ニュー・アブストラクトの旗手としても高く評価を受ける。
色景色 1983 紙に水彩 -
萩原朔美
HAGIWARA Sakumi 1946- 日本
映像作家、演出家、エッセイスト。1967年、寺山修司主宰の演劇実験室「天井桟敷」の立ち上げに参加。『毛皮のマリー』での美少年役が大きな話題となる。版画、写真、映像など様々なメディアを用いて制作し、それらの作品は記憶や夢、対象の変化といった「時間」を内包する
ペン 1977 版画 -
安東菜々
ANDO Nana 1948- 日本
版画家。写真で撮影した観葉植物や街の風景をモチーフとしたシルクスクリーン作品を制作。繊細なグラデーションとシルクスクリーンが織りなすリズムは、秩序に慣れ親しんだ視線を解放し、新たな空間に向かわせる。
Work B-7 1981 シルクスクリーン -
浜村博司
HAMAMURA Hiroshi 1948-2021 日本
画家。1980年代より、故郷である長崎、原爆の祈りをテーマとした大作シリーズ「ナガサキ考」の制作を開始。細やかな描写と鮮やかな色彩が特徴の油彩画を手がける。
夏 年代不詳 キャンバスに油彩 -
河嶋淳司
KAWASHIMA Junji 1957- 日本
「新しい日本画の旗手」と高く評価され、動物の野性的本能、内面まで掘り下げた「超心理学」シリーズで注目される。琳派、ポップアートからユング心理学、ケルト文化まで包摂し、日本画の伝統を継承しながら、カラフルでポップな表現を取り入れている。
宇宙花 1988 金箔に岩絵具
Guest Artists
ゲスト作家
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高松ヨク
TAKAMATSU Yoku 1945-2017 日本
広告会社勤務、フリーデザイナーを経てシュルリアリスム作家を自称してきた高松。アンドレ・ブルトンの『シュルレアリスム宣言』の発表から100周年を迎える今年はシュルリアリスム再考の年でもある。高松は典型的なシュルリアリスムのイメージを当時の作家たちの以上の熱量で図解し直している。
月のクルーズ 2015 板にアクリル -
梅沢和雄
UMEZAWA Kazuo 1952 - 日本
東京藝大在学中はフィリップ・モーリッツ、長谷川潔 、駒井哲郎らの影響を受けた。梅沢の中心的な仕事であるメゾチントの階調はたいへん繊細でその技術は版画工房の職人として働いていたプリントハウスOMでも存分に活かされた。梅沢は作家と工人の両方を体現したと言えるだろう。梅沢和木の父でもある。
不時着ー4 1976 エッチング -
梅沢和木
UMEZAWA Kazuki 1985- 日本
カオス*ラウンジのコアメンバーでもあり、インターネットおよびキャラクター表象を現代美術に持ち込んだ梅沢の仕事はゼロ年代からテン年代中頃までのアイコンだったと言っても過言ではない。そして、今回は梅沢のもうひとつのルーツである日本の版画史の文脈を組み込んだ新作を発表予定。
ラヴォス 2009 アルミ合板パネルに画像を出力、アクリル、鉛筆、色鉛筆、ペン、ラメ、クレヨンなど -
麻田浩
ASADA Hiroshi 1953-1997 日本
初期はアンフォルメルに傾倒していたがヨーロッパ旅行を機に抽象的な作風からシュルレアリスム的手法の具象画へ転向。麻田作品には巧みなトロンプイユ、そして超常現象の描写が散見される。麻田作品は美術史上の分類では還元しきれないSF的想像力にこそ真価が発揮されているのではないか。
蕩児の帰宅(トリプティックのための) 1988 油彩・キャンバス -
辻元子
TSUJI Motoko 1973- 日本
恩師である中林忠良の影響を受けており、現在は版画工房カワラボの協力のもと制作を続けている。植物や器など、一見すると取るに足らない主題に版表現特有のさまざまなテクスチャーを付与することで「絵づくり」する。版画としてはオーソドックスな手法だがそれゆえにその内実が検討される機会は少ない。
ある日のおくりもの1 2013 エッチング・ジグレー -
佃弘樹
TSUKUDA Hiroki 1978- 日本
ハイカルチャー、サブカルチャー分け隔てなく作品のリソースとしている。テレビゲーム、小説、マンガ、SF的想像力に根ざした作品を手がけている。また、アンドレ・ブルトンの影響も受けており、シュルレアリスム的想像力をアップデートし続けているとも言えるかもしれない。それは佃の個人史でもありながらわたしたちの未来予想図でもある。
Equinox 2024 紙、墨、インク、アクリルフレームにシルクスクリーン -
冨谷悦子
FUKAYA Etsuko 1981- 日本
動植物が蠢く深淵なる世界を緻密に描版したエッチングで知られるが、そもそも銅版画とはそのような主題・形式とかなり相性がいい。主に「現代アート」の世界で発表してきた冨谷だが造形レベルで幾多の「超絶技巧」の担い手たちと一線を画すのだとすれば、それはどこを指すのだろうか。
Untitled 2005 エッチング -
鈴木貴子
SUZUKI Takako 1984- 日本
鈴木の絵には手脚や首が伸びた匿名的な少女たちがよく登場する。まるでピクニックのレジャーシートの上におもちゃ箱をひっくり返したように諸要素が無秩序に散らばっている。一方、そこでどんな物語が進行しているか鑑賞者にはなかなか読み解けない不可解さに満ちている。Geisai#3から#19まで断続的に複数回参加。
キラキラ落ちる 2023 キャンバスにアクリル -
星川あさこ
HOSHIKAWA Asako 1984- 日本
星川の生み出すものはコラージュで膨らんだ日記帳、ドローイング、絵画、「きのこの精」をはじめとするファブリックなど多岐に渡る。中でもアルコールを動力に転化して描かれる絵画にはかつての長谷川利行を彷彿とさせるものがある。
患者 2020 ミクストメディア -
佐藤英里子
SATO Eriko 1985- 日本
版画とは思えないパステル画のような軽やかさ。ファッションと版画を学んだ佐藤の作品からはいわゆるフレーミングされた「版画」から逸脱しようという意志が感じられる。アーツ・アンド・クラフツ運動のように佐藤の版やパターンは日常の中でも展開していくだろう。
うかぶ 2023 ウォータレスリトグラフ -
山﨑結以
YAMASAKI Yui 1987- 日本
モノトーン寄りの山﨑作品はしばしば学校のクラスメイトや家族など身近なコミュニティを絹本彩色の形式で描いてきた。山﨑の使う「片ぼかし」からは伝統的な日本画よりも舞台の「書き割り」のような階層構造が垣間見える。個と集団の距離を絵画空間を使って考察しようとしている。
蔬果 2023 絹本彩色 -
息継ぎ
Ikitsugi 2001- 日本
ひとまず、狭義の意味での「キャラクター絵画」の流れを汲んでいると言えるだろう。キャラクターデザインと絵画的強度の実現の折衷案。具体的には工藤麻紀子、福士千裕 、obらの仕事の延長に位置付けられる。自主企画やZINEの発行も積極的に行なっている。
彼方に触れることができないことをいちばんに知りたくて 2023 キャンバスに油彩、パステル、色鉛筆 -
土屋信子
TSUCHIYA Nobuko 1972- 日本
土屋は様々な産業の余剰として用途のなくなった廃材たちを独自の価値判断で選別し収集する。それらを自らの表現の語彙として再編成される。いわば「つくる」と「見出す」の往還と言えるだろう。そこには文学的な詩情が入り込む余地はなくわたしとは異なる文明の秩序が構築されている。
宇宙11 次元計画 2011 ミクストメディア
*作品は参考写真です。実際の展示とは異なる場合がございます。
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