THE EVER−CHANGING, DRIFTING 『HEAT』      和多利浩一
第一回 ヨハネスブルグ・ビエンナーレ帰国展
          日本館コミッショナー/ワタリウム美術館 キュレイター 
1995年2月28日から4月30日までの二ヶ月間、南アフリカのヨハネスブルグ市が主催する第一回ビエンナーレが開催された。これはアフリカ大陸で初めての大規模な現代美術展であり、また南アフリカ共和国が昨年の総選挙で350年余りの白人支配に終止符を打ったばかりの、ネルソン・マンデラが率いる新生国家であるという話題も手伝って、61カ国400人の作家が参加するという大規模なものとなった。出展作家の選定をもとめられ、私はその命題を「熱」とし、阿部浩二・蔡國強・エゼキエル・ブデリィの三人を選出した。
阿部浩二は1970年大分市生まれの新人である。人間の内的な熱に着目した『知恵熱』のシリーズ、またキャンパスを真っ赤に塗り、落ちていた取っ手をつけた『取っ手つけたもの』などを発表。コタツ、蚊帳、ダルマといった日本ではどこにでもある道具を本来とは異なる文脈上に置き換えることに成功しているだけでなく、それらを使って日本の風土に潜在している秩序をも浮かび上がらせる。それは内と外、個と社会、日本と他国といった曖昧でうつろいやすい領界にも言及している。

火薬を使用したプロジェクトで知られている蔡國強は1987年に中国から来日した。「蛇袋」では生きている蛇を作品に取り入れ、「灸療法―アフリカのために」には、中国のお灸をインスタレーションに取り入れている。ビエンナーレのオープニングに際して、室外での火薬のプロジェクト「制限のある暴力―虹」をおこなった。これは1920年代に建設された発電所の外壁に導火線と小型爆薬を仕掛け、爆発の炎と破砕された窓ガラス、そして外壁の痕跡によって虹を描くというものであった。ネルソン・マンデラがレジスタンス運動で採択した経済拠点のみを工作対象とする方針と、現在の新生南アフリカを虹の国として蘇えらせようとするスローガンを込めた作品となっている。アートというメディアで南アフリカに蔓延する暴力に対し、西洋ではガン・パウダーとよばれる火薬を、その本来の意味「火の薬」として用いたのである。
南アフリカ、ヴェンダ地方出身のエゼキエル・ブデリィは、アフリカの土着の言い伝えや神話を作品のベースとし、近代都市のもつ矛盾や虚無を素材感、質感で表現する。彼の作品にはアフリカの赤い大地からの熱が内臓され、また絶え間なく放射されている。
この三人は「熱」を視覚的に表すことに成功している。いつどこにおいても、変化は熱を伴って行われてきている。氷河期と温暖期がくり返す大気の温度変化、火の発見と錬金術、人体の発熱、そして私たち日本人は戦いの熱、原爆の熱をも体験している。彼らの異なる熱、思考のエネルギーを感じ取ることによって、我々の凝り固まった既成概念、物質に執着する価値観を溶かし、変化を促す。これは決して瞑想的なものでも宗教的なものでもない、身近でありながら彼方に離れている次元へ、我々を身体の中へ、大地の中へ、宇宙へ、未来のドアのすぐ近くへと移動させる。「熱」はそのための媒体である。このとても不確かで、うつろいやすく、曖昧なしかし確実な「熱」に、私は日本と南アフリカ共和国の新しい方向を見定めたいという願いを託した。